ピクサーと子どもと私

映画は見た人の年齢や環境、タイミングによって色んな捉え方ができる。10代の時に見て感動した映画が30代で見たらまったく違う感想を持った、という事も少なくない。


私がピクサーの「モンスターズ・インク」を見たのは2001年12月、旅行先のフロリダだった。この旅行の裏目的は「子どもができる前に夫婦で行く最後の海外旅行」で、すなわち旅行が済んだら子どもを作る予定だった。男性諸氏なら分かってくれると思うけど、自分が父親になるなんてまったく想像できなかった。どう考えても自分の時間は減るし、その代わり責任は増える。今だって十分に楽しいのに、わざわざそんな苦労をする意味あるのか?とか考えた。それよりも何よりも子どもは怖い。得体が知れないし、ちょっとしたことで泣いたりけがしたり死んだりする。「話し合いができる相手ではない」という意味ではヤクザと同じだ。できればそんなものとは関わり合いになりたくない。ないったらない。


そんなタイミングで「モンスターズ・インク」を見た。当然英語だったし、全てを理解したわけではなかったんだけど、見終わってボロボロ泣いた。


この映画は「今の自分の為の映画」だった。


モンスターズ・インク」は「父親になる恐怖」を描いた映画だ。実際にピクサーのスタッフが父親になって、そのとまどいを映画にしたとも言われている。主人公のモンスター、サリーは手違いで紛れ込んだ人間の女の子ブーと出会う。モンスターの世界では「人間の子ども」は「危険な存在」と言われているので、サリー達は逃げ惑う。本来驚かさせられる子どもが脅かす立場のモンスターを怖がらせるという逆転構造がギャグとして機能はしてはいるが、これはそのまま「父親になる恐怖」を表現している。子どもはモンスターだからだ。



モンスターの世界ではエリートであるサリーも子どもを前にするとオロオロするばかり。しかし次第に無害であることが分かって愛着を持ち始める。望む望まないに関わらずサリーはこの時擬似的ではあるが父親になったのだ。


そしてある陰謀に巻き込まれ捕らえられたブーを助ける為に、サリーはそれまでに築き上げたキャリアも大好きな会社も友情さえも全て捨ててブーを救おうとする。最初は怖がっていたのに、なぜそこまでやれるのか?親になれば分かるのかも。私にはそう思えた。


翌年、私達にも女の子が生まれた。生まれたばかりの赤ちゃんは抱っこしただけでも壊れそうでやっぱり怖かった。「できれば3日と言わず、3年くらい誰か代わりに育ててくんない?トップ・ブリーダーとかさ」なんてよく愚痴った。想像通り自分の時間はほとんどなくなった。ウチは夫婦共働きでお互いの両親とも距離的に離れていたこともあって、苦労の連続だった。だけど辛いとは思わなかった。いつの間にかサリーの気持ちは理解できていた。私は娘が愛おしくて仕方がなかった。


そのタイミングで「ファインディング・ニモ」を見た。ピクサー映画は好きだったけど、なぜかこの映画にはそんなに期待していなかった。なのに開始5分。まだタイトルすら出ていない時点で私の涙腺は崩壊していた。


映画のプロローグ。カクレクマノミのマーリン夫妻がたくさんの卵の世話をしながら生まれてくる子どもに想いを寄せるところから始まる。しかし他の魚に襲われ、一瞬にしてマーリンは愛する妻も卵も失う事になる。まさしく「絶望」。その時たった1つの卵だけが無事だったことに気がつく。卵を拾ったマーリンはつぶやく。「私にはもうお前しかいない...」。


子どもが生まれたばかりの父親にとってこのオープニングは残酷過ぎた。脳内では自分の嫁さんが不慮の事故で死んでしまいどん底の状態から娘と2人で健気に生きて行くことを決心する自分の姿があった(>バカ)。映画はこの後、離ればなれになった親子がそれぞれ成長しお互いに尊重しあえる関係になる様を描いていく。親から子どもへの愛情はついつい一方通行になりがちだけど、それは真の愛情とはいえない。それは愛情という名の過保護に陥りがちな自分自身への警告でもあった。


この後のピクサー作品における「親子の描写」についても言いたいことはたくさんあるけど、長くなり過ぎるので割愛。


2006年7月。私は初めて娘を映画館に連れて行った。もちろんピクサーの「カーズ」だ。


宮崎駿は「崖の上のポニョ」について「子どもが初めて見る映画になるように作った」と言った。その意味することは実はよく分かってないんだけれど、私はピクサー映画こそが「子どもが初めて見るのにふさわしい映画」だと思っている(「ポニョ」だってそんなに悪くはなかったけどね)。私自身の「カーズ」の評価は実はそんなに高いわけじゃないんだけど、それでも娘が初めて映画館で見た映画が「カーズ」で良かったと思っている。そして2008年12月。今度は「WALL・E」を一緒に見ることが楽しみで仕方がない。


少し長くなって混乱してきたけど、とにかく何が言いたかったかというと、2001年のあの日に見た映画が「イレイザーヘッド*1じゃなくて良かった!ということです(そんなオチか)。


(追記)
念のために書いておくと、このエントリの趣旨は「子どもって最高!」ではなく、「映画を見るタイミングって重要だね」ということです。他人が子ども作ろうがDINKS(死語)気取ろうが知ったことではありません。


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*1:実生活でいきなり父親になった若きデヴィッド・リンチがその苦悩をそのまんま映画にしてるので、「父親になるって怖い」病がさらにひどくなること必至。