塔から出なかったラプンツェル - 『ブラック・スワン』
ニューヨーク・シティ・バレエ団に所属するバレリーナ、ニナ(ナタリー・ポートマン)は、踊りは完ぺきで優等生のような女性。芸術監督のトーマス(ヴァンサン・カッセル)は、花形のベス(ウィノナ・ライダー)を降板させ、新しい振り付けで新シーズンの「白鳥の湖」公演を行うことを決定する。そしてニナが次のプリマ・バレリーナに抜てきされるが、気品あふれる白鳥は心配ないものの、狡猾(こうかつ)で官能的な黒鳥を演じることに不安があり……。
話題の『ブラック・スワン』を横浜で観ました。とても色んな要素を含んでいる映画で切り口も多々あると思いますが、ここでは母と娘の関係に注目したいと思います(一部内容に触れてますので未見の方は注意)。
『塔の上のラプンツェル』で面白かったシーンの1つが、生まれて初めて塔の外に出たラプンツェルの行動でした。フツーなら「喜びを爆発させる」といった演出になるところが、喜んだ直後に「母を裏切ってしまった」という罪悪感に苛まれ落ち込んでしまいます。そのまた直後に「自由って最高!」と叫んだかと思うと、すぐに「私って最低...」と鬱々と落ち込むという無限ループに入ってしまうのでした。とても笑えるシーンでありつつ、20年間塔に閉じ込められるということの異常さや、ラプンツェルの生真面目さなんかも感じられるとてもいいシーンでした。
ニナを産んだことでプリマになる夢を断たれた(と思い込んでる)母は、娘にその夢を託します。良くいえば英才教育、悪くいえば虐待ですが、健気な娘は母を裏切るという罪悪感に勝てず、自身の欲求を全て胸に仕舞い込み母の言いなりとなって生きてきたと思われます。母は「あなた(ニナ)のためなのよ」と言いますが、ニナのために買ってきたケーキに対する彼女の行動を見る限り、娘を思いやる気持ちは感じられません。母にとって娘はもう1人の自分でしかなく、娘の自我など邪魔なだけなのです。
そうした苦労の末、ニナは遂に主役の座を射止めます。しかし気がついた時には彼女にはバレエと母親以外には何もなかったのです。心癒される趣味も無ければ、悩みを打ち明けられる友人もいない。過干渉な母に対してニナは声を荒げて訴えます。「私は12歳の少女じゃない!」。母から逃れることをしなかった(できなかった)ニナは、20歳過ぎても塔から出なかったラプンツェルともいえるでしょう。
白鳥と黒鳥の双方を演じることになるニナは、突出した技術で白鳥としての踊りは完璧なものの、黒鳥の自由奔放で官能的な踊りがどうしてもできずに悩み苦しみます。それは彼女が母親という存在に縛られて生きてきたからに他なりません。自由を知らない者に自由を表現することはできないのです。
押さえつけてきた自らの欲望をさらけ出す事への戸惑いや、自分もベスや母のようになってしまうのではないかという恐怖。それらにより次第に精神の均衡が崩れていくニナが最後に行き着く先に見たモノは何だったのか?世間的な幸せや楽しさといったありふれたモノとは違う何かに包まれたような彼女の恍惚とした表情に圧倒されました。オススメです。
(その他)
・全ての情報を入れずに観に行ったので、ベス役がウィノナ・ライダーだったことをエンドロールで知ってびっくり。
・私の席の後ろにいた女性は、終わった瞬間に泣きそうな声で「怖かったぁ...」とつぶやいてた。
・「精神が肉体を浸食する」という直球な演出がクローネンバーグ映画を彷彿とさせました。あと『スプイライス』にもちょっと似てた。バサッとかバキッとか。
・ナタリー・ポートマンのメイクがデーモン小暮に見えたのは内緒。
(参考)
過干渉な親。(長文)私は中学生なのですが、昔から親が過干渉で困っています。 - Yahoo!知恵袋
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