憎しみのむきだし - 『冷たい熱帯魚』
熱帯魚店を営んでいる社本(吹越満)と妻の関係はすでに冷え切っており、家庭は不協和音を奏でていた。ある日、彼は人当たりが良く面倒見のいい同業者の村田と知り合い、やがて親しく付き合うようになる。だが、実は村田こそが周りの人間の命を奪う連続殺人犯だと社本が気付いたときはすでに遅く、取り返しのつかない状況に陥っていた。
私たちは憎しみではなく、愛で戦いましょう。
『ハートキャッチプリキュア!』より
『冷たい熱帯魚』を観ました。期待値が相当高かったにも関わらず、それを遥かに超える傑作、否、怪作でした。『ハイテンション』、『屋敷女』、『マーターズ』、『復讐者に憐れみを』、『チェイサー』等を観て「何でフランスや韓国でできるのにコレが日本でできないんだよ!」と長らく悔しい思いをしてましたが、やっと「これだ!」と思える日本映画に出会えました。万歳!
まず書かなければいけないのは、映画史に残る残忍かつユニークな連続殺人鬼、村田を怪演したでんでんの圧倒的な存在感!彼がこれまでに数多く演じた「気のいいおじさん」といったキャラクター像を、そのまま過剰に発展させた「村田」という男はとにかく(映画として)魅力的。
村田はレクター博士やジョーカーのような「超人」ではないけど、他人の「心の隙間」を瞬時に見抜き、洗脳または調教し意のままに操る能力がある。登場人物は次々と村田に翻弄されていくが、それは観客も同じ。風呂場でこの世のものとは思えない恐ろしい作業をしてるにも関わらず、観客は村田の名調子に乗せられてついつい笑ってしまうハズ。
オレはいつだって勝新太郎だ!
そんな村田と対峙するのが吹越満演じるダメ男の社本。娘にも嫁にも言いたいことを言えず何もできない哀れな男は、村田に肉体も精神もボロボロにされてしまう。面白いのは明らかに狂人である村田の方が、実は真理を語っていること。このあたりはほとんど『ファイト・クラブ』だった。村田は社本に言う。「だからお前はダメなんだ!オレを殴ってみろ!」
そしてついに社本の怒りが爆発し反撃が始まる。ここからの展開は本当に狂っていて凄まじかった。できれば劇場で確認して欲しい。しかし社本は一体何の為に戦っていたのだろうか?愛すべき家族を守るため?それとも自分のため?
この映画には最後まで「希望」と呼べるものはない。終始一貫してどこまでもブレがなく憎しみと暴力と狂気で溢れていて、そこが本当に素晴らしいと思う。これは実際の世の中と反比例するように昨今の映画が安っぽい愛や希望で溢れていることへの反動であり、そのバランスを正すためにこういう映画は必要なのだと個人的には思う。愛を描くのならば徹底的に愛を描くべきであり、悪や憎しみを描きたければ徹底的に描くべきだ。だってそれが表現ってもんでしょ?
オススメではあるけれど、まったく容赦ない劇薬につき心して観るように。
(その他)
・でんでんは『ア・ホーマンス』のポール牧、『ソナチネ』の南方英二に続く、「芸人による怖過ぎる悪役」と断言したい!キャスティングした人エラい!
・凄惨な場面でもついつい笑ってしまうような演出が随所で見られて良かった。延々と流れるハワイアンのテープとか。
・言い忘れたけどおっぱいとエロはたくさんあるよ!
愛犬家連続殺人
- 作者: 志麻永幸
- 出版社/メーカー: 角川書店
- 発売日: 2000/09
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ついでに『冷たい熱帯魚』の元ネタ的な本も紹介。一見フツーの実録犯罪ルポのようだけど、この本がユニークなのは事件の共犯者として逮捕された男(映画では社本にあたる)が、出所後に書いた本というコト(実際にはゴーストライターが書いたとされる)。何しろ実際にその現場にいた人間の証言なので重みが違うのだ。
映画では犬が魚に変更されているし、後半の展開はまったくのフィクションであるものの、前半部分の犯罪に関する内容はかなりの確率で実際の事件と同じ。「ボディーを透明にする」といった多くのセリフや、遺体損壊の手順(醤油をかけることで匂いを出なくする等)なんかもほぼ同じ。映画では遺体の処理中に村田が社本にあるモノをふざけて見せるシーンがあるが、それすらも実際にあったことらしい。
実際には逃げたり警察に駆け込むチャンスはいくらでもあったのに、どうしてもできなかった作者の葛藤も社本と重なる部分が多い。逆に映画には出てこなかったネタで驚愕したのは、「とある有名人のために人殺しをやっていた」というセリフが実名で出てくるトコ。アレは引いた。だって本当にやってそうなんだもん。
非常に読み応えがあるので、映画鑑賞後に副読本として読まれる事をオススメ。