岡崎京子『ヘルタースケルター』のキーワード


映画化が決まって話題になっている岡崎京子ヘルタースケルター』について書いてみます。単行本が発売されたのは2003年ですが、雑誌『FEEL YOUNG』に連載されていたのが95〜96年。このタイムラグは連載終了直後に作者が交通事故にあった為です。つまり16〜17年前に描かれたマンガなんですよね。改めてびっくり。


岡崎京子は自作に既存の映画や音楽、アート等から引用することでも知られていました。そこで、『ヘルタースケルター』に引用されたキーワードを簡単ではありますがまとめてみました(他にもあるはずですが、ここまでしか分かりませんでした)。


いきなりタイトルですが、これはビートルズの曲です。原作のラスト、メキシコのバーで吉川こずえが「この曲大好き」とつぶやくシーンまであります。


Beatles / Helter Skelter


そしてこの曲を「ハルマゲドンが来る予言だ」と曲解して殺戮を行ったのがチャールズ・マンソンと「ファミリー』と呼ばれたその手下たち。映画監督ロマン・ポランスキーの妻で女優のシャロン・テート(妊娠中だった)を筆頭に複数の殺人を行い、被害者の血で冷蔵庫に「Helter Skelter」と描いたことは有名です。マンソンは自身ではなく手下に犯罪を行わせましたが、りりこもマネージャーに命令してある人物を襲わせます。


マンソンと、「Helter Skelter」の血文字(スペル間違ってる)

  • サンセット大通り


麻田検事が好きな映画としてあげるのが『サンセット大通り』。1950年の映画で、かつてのハリウッドスターだった女優が過去の栄光を忘れられず正気を失っていくというストーリーです。りりこは自分が老いてから人々に忘れられることを極端に恐れていて、この映画と重なることが多いです。


サンセット大通り スペシャル・コレクターズ・エディション [DVD]

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終盤にりりこが見る夢や幻覚のような光景はデヴィッド・リンチ作品全般を彷彿とさせます。特に『ツインピークス』でクーパー捜査官がいた「赤い部屋」のイメージが強いです。また、リンチの『マルホランド・ドライブ』は前述した『サンセット大通り』をモチーフに作られていますが、『マルホランド〜』は2001年公開なので、『ヘルタースケルター』の方が先に作られています。他にも短編『エンド・オブ・ザ・ワールド』では『ワイルド・アット・ハート』の「事故に会って脳みそ出してる女の子」がまんま引用されていました。


赤い部屋


マルホランド・ドライブ [DVD]

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エンド・オブ・ザ・ワールド (Feelコミックス)

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単行本の冒頭には「最初に一言 笑いと叫びはよく似ている」というキャッチコピーのような文章がありますが「笑い」と「叫び」といえば楳図かずお作品を思い起こさせます。中でも『洗礼』は、老いて醜くなった大女優が美しく育った娘と入れ替わって人生をやり直そうとするストーリーで、これはりりこの事務所の女社長がかつての美しかった自分の姿にりりこを改造する姿と重なります。またりりこが自分の顔にあざを見つけるシーンも『洗礼』とよく似ています。


上)『ヘルタースケルター』下)『洗礼』

※画像はこちらから拝借。


洗礼 1 (ビッグコミックススペシャル)

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  • タイガー・リリィ


麻田検事がりりこにつけたニックネームです。『ピーターパン』に登場するネバーランドに住む酋長の娘で自由奔放で勇敢な女の子。また、ウディ・アレンが既存の日本映画をめちゃくちゃに編集しでたらめな英語音声を加えた『What's Up, Tiger Lily?』という映画もあります。


ピーターパンとタイガー・リリィ

『What's Up, Tiger Lily?』ポスター

  • 「私は私を入れるような倶楽部には入りたくない」つまり「私は私を愛するような人間を愛したくない」ということ


前者はグルーチョ・マルクスの名言で、さらにウディ・アレンの『アニー・ホール』でも引用されました。


  • 喜びを軽蔑し、感触を軽蔑し、悲劇を軽蔑し、自由を軽蔑し、貞節を軽蔑し、希望を軽蔑し、賞賛を軽蔑し、再生産を軽蔑し、多様性を軽蔑し、装飾を軽蔑し、解放を軽蔑し、休息を軽蔑し、優しさを軽蔑し、光を軽蔑せよ。


「言葉」を電光掲示板等で表現する芸術家ジェニー・ホルツァーの作品「扇情的なエッセイ」の中の一説です。


  • スターというものがしばしばきわめて興味深くあるのはスターが癌と同様一種の奇形だからです


ジャン=リュック・ゴダールの発言で、この後に「スターが誕生するということは、ある人間のきわめて単純な人格が急に増殖しはじめ、ばかでかいものになるということなのです」が続きます。

  • あたしの中で音がするカチコチカチコチ音がする 早くしろよと音がする それは… あたしの中で何かが終わる音……


文言は異なりますが、これは楳図かずお『わたしは真悟』でまりんの「自分が子供でなくなってしまう時間」の表現を彷彿とさせます。


  • 青い蜂鳥だけがあの頃を知っているね


アステカ神話の太陽神であるウィツィロポチトリ(「蜂鳥の左足」という意味)が母を殺そうとした兄や姉のほとんどを殺したと言われています。麻田検事はこのウィツィロポチトリがモデルかもしれません。『ヘルタースケルター』のラストはメキシコが舞台となるのもこの関係かもしれません。



(関連)
『ヘルタースケルター』オフィシャルサイト


ヘルタースケルター (Feelコミックス)

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