原作VS映画 - 『キック・アス』

コミックオタクでスーパーヒーローにあこがれる高校生デイヴ(アーロン・ジョンソン)は、ある日、インターネットで買ったスーツとマスクで、ヒーローとして街で活動を始める。何の能力も持たない彼はあっさり犯罪者にやられるも、捨て身の活動がネット上に動画で流され、“キック・アス”の名で一躍有名になってしまう。


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キック・アス』の感想は出そろった感もあるので、ここでは原作と比べた話を(直接的なネタバレはしないつもりですが、気になる人は読まないで)。


言及してる人も多いように、『キック・アス』は原作と映画では後半がかなり違う。ただし、それは原作を改変したわけではない。撮影前には(そして撮影後でも)原作はまだ完結していなかったからだ。なので、後半が別々の展開になることはやむを得なかった。


大きな違いはキック・アスの末路とビッグ・ダディの過去、それにレッド・ミストのキャラだ(あと、キック・アス以外のコスチュームも異なる)。



キック・アス(というかデイヴ)の末路。映画版は見ていて爽快な気分になるが、原作ではかなりヘビーだ。「しょせんオタクはヒーローになれない」といったような自虐的で辛辣なオチが待ってる。


ビッグ・ダディについても同じで彼の過去というか正体は映画版とかなり異なる。映画版の彼もかなりクレージーだが、原作の彼はさらにイカレてる。ここでも「現実とコミックは違うんだ」という自虐的な展開となる。


レッド・ミストに関してはちょっと違っていて、原作の彼はかなり単純で薄っぺらい存在だ。映画版ではより複雑なキャラとなっていて自分の親への愛情と、キック・アスに対する友情の狭間に立ち苦悩する姿は見応えあり。


それと、当然ながら映画には音楽があって、音楽は映画の印象を方向づける力がある。例えば前半にデイヴが初めてコスチュームを着て街をパトロールしたり特訓したりするシーンは絵的にはバカバカしいけれど、高揚感を与える勇ましい音楽が流れることであたかも「かっこいい」ように見えたりする。


逆にヒット・ガールがマフィアを皆殺しにする場面ではDickiesの「banana splits」がかかるが、この曲は子供向け番組のテーマ曲を高速でパンク風にカバーしたもので、はっきり言ってバカバカしい。女の子がマフィア(女含む)を血まみれにするという寒々しい場面や、Fワード以上に過激なCワード(「Cunt」ね)を言ったりする場面に対して、「これは冗談ですよ」と緩和する役目を果たしていたりする。


↓オリジナル「banana splits」。か、かわいい。


↓Dickies版「banana splits」


対して原作にはそのような効果はなく見たままの世界。もしかしたら映画を気に入った人でもあまりにも現実的で辛辣な展開と、情け容赦ないバイオレンスにドン引きするかもしれない。逆に映画的ファンタジーを排したストーリーをより気に入るかもしれない。


↓原作のヒット・ガール。血の量5割増。


個人的には原作と映画はどちらも気に入ってるし、ある意味どちらとも見た(読んだ)上で初めて『キック・アス』という作品を理解できるともいえる(「オバQ」と「劇画オバQ」みたいなもんか?)。映画版を気に入った人はぜひ原作を読む事をオススメ。


その他
・日本ではポスター等でヒット・ガールをフィーチャーしている。気持ちは分からなくもないけど、あくまでも主役は「普通の高校生」であるキック・アス(デイヴ)であるべきだよね。
・とかいいつつヒット・ガール(クロエたん)のアヒル口(違う)はたまらない。

・パンフによると、ほとんどのスタジオ側から「ヒット・ガール抜き」での撮影を提示されたらしい。マシュー・ヴォーン監督はそれを断り、自費で映画を完成させた。ヒット・ガール抜きの『キック・アス』なんてありえないし!
・本当は「パーマンマスクを与えられたのが少年ではなくオタク青年だったら?」というテーマで書こうと思ったけど挫折しました。
・この映画のクライマックスの「燃え」を『マチェーテ』にも求めていたんだよなぁ。
・スタントなしでバタフライナイフを自在に操るクロエたんに今一度拍手!


(参考)
The Killer Inside Her 「キック・アス」 - スキルズ・トゥ・ペイ・ザ・¥


キック・アス (ShoPro Books)

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Kick-Ass Music from the Motion Picture

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