笑いと悲劇と暴力と-『復讐者に憐れみを』

聞くことも話すこともできないリュ(シン・ハギュン)は、腎臓病の姉(イム・ジウン)のために訪れた臓器密売組織に、全財産と腎臓を奪われる。彼は恋人のヨンミ(ペ・ドゥナ)と誘拐の計画を立て……。


前回書いた『ラブリーボーン』は復讐や報復を行わずに残された家族が再生する物語でしたが、人間は「復讐する話」が大好きなことは紛れも無い事実。そんな「復讐」をテーマに「復讐3部作」を撮ったのがパク・チャヌク(パクちゃん)。


一般的に「復讐3部作」の中ではカンヌでグランプリを穫った『オールド・ボーイ』が1番有名で、次いでイ・ヨンエの迫真の演技が話題となった『親切なクムジャさん』だと思う。この2作はどちらも紛れもなく傑作。


だけど、この2作よりも『復讐者に憐れみを』(以下『復讐者〜』)の方が面白い!と私は断言したい。少なくとも「観たことを後悔する」レベルの衝撃は受けるはず。ちなみに今作のみR-18指定。


そんな『復讐者〜』がパクちゃんの新作『渇き』の公開を記念して新宿武蔵野館でレイトショー公開(『渇き』の前売り券提示で¥500!)されていたので、慌てて観に行きました(これまでDVDでしか見たことなかった)。


『復讐者〜』(に限らず3部作全てにもいえる)の特長の1つが、ギャグと悲劇を交互に見せること。「散々笑わせて最後に泣かせる」とかじゃなくて、ギャグで笑わせた直後に悲劇的な場面を挿入し笑いをひきつらせる、もしくはその逆にこれ以上ないくらい悲劇的な場面で平気でギャグを入れる。


例えばこんなシーン。


主人公たちが住むボロいアパート。若者4人組が、隣の部屋から響く女性の喘ぎ声を聞きながら、4人それぞれが滑稽なポーズでオナニーしている。左から2番目の男は前の男の肩をおっぱいに見立てて揉みながらやってる。バカ過ぎるにも程がある。



ここで観客は笑うが、カメラがスライドして主人公たちの部屋を映すと、それは喘ぎ声ではなく、難病の姉が出す苦しみの声だと分かる。ここで観客の笑いは止まる。



さらに、同じ部屋に居る聴覚障害を持つ弟(主人公)は、のんきに焼きそばを食べていて最愛の姉の苦しみに気がつかない。


このシーンは『ドリフ大爆笑』における「志村、後ろ!後ろ!」と同じ「笑い」の要素に加えて、すぐ近くに愛する姉が苦しんでいるのにそれに気がつかない「悲劇」とが混在している。もはや観客は笑っていいのか泣いていいのか分からなくなる。


『復讐者〜』は最初から最後までこんな調子で続く。あらすじだけを聞けばとんでもなく悲劇的な話だが、やることなすことが全て裏目に出てしまう「負のピタゴラスイッチ」といえる展開はむしろブラック・コメディといえる。


加えて、主人公が聴覚障害者であることからセリフはかなり少なく、状況説明的なシーンは極力排除され、音楽もほとんどかからない(たまにかかる音楽は不協和音)。そしてバイオレンス描写は爆発等の派手さはないが、観る者の痛覚を直接刺激するようなえげつないシーンがてんこもり。


「ママ...」とつぶやいて血まみれで絶命する男。


こう書くと、『ソナチネ』あたりまでの初期北野武映画のエッセンスに非常に近いと思う人も多いはず。現時点でパクちゃんが北野武初期映画にインスパイアされた、と語る文章やインタビューを見た記憶はないけど多分間違いないと思う。さらに『みんなやってるか〜』のくだらなさも入ってるかも。


さらに『復讐者〜』の強力なポイントとして、『空気人形』(未見)でも話題になったペ・ドゥナが主人公の彼女役で出ている。オールヌードで手話を交えながらのベッドシーンがあるので彼女のファンなら必見。ただし、その後彼女が体験する恐ろしい場面も一緒に見ることになるので要注意。


がんばってるペ・ドゥナさん。


ソン・ガンボに耳をなめられるペ・ドゥナさん。この後ものすごく恐ろしい展開に...。


映画のラスト近く、ソン・ガンホが主人公に言う。

おまえは優しい人間だ。だから俺がお前を殺すのもわかるよな?


そんな怒りとも慰めとも分からない彼の言葉は観客の心に突き刺さる。しかし、それすらも耳が聞こえない主人公には届かないという理不尽。この世界の99%は理不尽でできています。ぎゃー!


特に「娘を持つ父親」であれば、あまりのショックにそのまま座りションベンして再起不能になってしまうほど壮絶な場面が多いので、全ての方にオススメできませんが、やっぱり見て欲しい。新宿武蔵野館でのレイトショーは終わったけど、ヒューマントラストシネマ有楽町では2/20から2/26までレイトショー公開するようなので、できれば映画館で体験してみて下さい。そして笑いながら声にならない叫び声をあげてください。


(その他)
・個人的にはパクちゃんとポン・ジュノは同レベルの監督だと思っているが、世間的にはポン・ジュノの方がメジャーっぽくて悔しい。
・『渇き』と同じ年に北野武の新作が公開になるというのもうれしい。どっちの暴力描写が凄いのか?
パク・チャヌク監督には一人娘がいる。逆にそういう人にしかこういう映画は作れないと思った。
・『復讐者〜』の劇中で、『ぼのぼの』のテレビアニメが韓国語で放送されるシーンがあるが無断引用だったらしい。その後それが縁でいがらしみきおとパクちゃんは対談した模様。詳しくはこちら(いがらしみきおの映画ゾンビ)。ついでに『Sink』の映画化でもやってもらえないだろうか?


『渇き』オフィシャルサイト

パク・チャヌク特集-ヒューマントラストシネマ有楽町


パク・チャヌクのモンタージュ (キネ旬ムック)

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