町田康『告白』


湊かなえの方ではなく、町田康の『告白』を読みました。明治26年に実際に起きた大量殺人事件「河内十人斬り」をモチーフにした小説で、事件そのものは河内音頭の演目となったり、芝居になったりとそれなりに有名らしいのですが、私はまったく知りませんでした。


鉄砲光三郎 - 河内十人斬り

北の夜空に光るのは
逆さ杓子の七ッ星
星より三ッ人を斬り
何故泣くのか 熊太郎

欲の先には悪がある
悪が許せぬ馬鹿が居る
一天地六 賽の目に
生命見切りの 熊太郎

(「河内十人斬り」より)


閉塞的な村の中で、主犯の熊太郎が妻を寝取られたり金銭関係で揉めたことで、弟分の弥五郎と2人で日本刀や猟銃を用いて村の顔役の一族等10名を殺害したという事件の内容は、どうしても有名な「津山三十人殺し」を彷彿とさせます。


一応「悪人を殺す」という大義名分はあるものの、犠牲者の中には直接的には関係ない女性や幼い子供も含まれているというのに、まるでヒーローのように熊太郎を讃えるような内容の歌がヒットして語り継がれているというのは、やはり不思議な感じがします。ちなみに1番殺したかった妻を寝取った男はこの日たまたま家に居らず無事だったそうです(この辺も津山事件と似ている)。


本の帯には「人はなぜ人を殺すのか」というコピーがあり、熊太郎がこのような殺戮を行った経緯について少年時代から彼が何を見て何を思いどう行動したのかが事細かに延々と書かれています。


それらのほとんどは一見事件を起こした理由とは無関係に思えますが、「人が人を殺す理由はこうしたことの積み重ねであり、赤の他人に簡潔な言葉で説明できるような短絡的なものではない」と言ってるようにも感じました。所詮他人である我々は何となく分かったつもりになっているだけで、完全に理解できることはないのでしょう。


こう書くと、とても辛気くさくシリアスな内容に思われるかもしれませんが、生き生きとした河内弁の話し言葉や、町田康の独特でユニークな文体もあって笑える箇所が多かったです。


熊太郎は頭の回転は人一倍あるものの、その思いと話す言葉が一致しないことに苦しんでおり、一種のコミュニケーション障害を持っているように描かれています。実際の熊太郎がそうだったのかは分かりませんが、実は町田康自身が同じような辛い思いをして生きてきたのかも?と思いました。要はそのくらい熊太郎の内面を語る文章は、説得力があり読む者を圧倒するパワーに溢れていました。


熊太郎も現代に生まれていたら小説家として成功していたのかもしれません。オススメ。


(参考)
河内十人斬り - Wikipedia


告白 (中公文庫)

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津山三十人殺し 最後の真相

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