切株映画のモラル-「屋敷女」

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クリスマス・イブの夜、出産を翌日に控えた妊婦サラ(アリソン・パラディ)の家に、黒い服を着た長い髪の見知らぬ女(ベアトリス・ダル)が忍び込んだ。サラが呼んだ警察も、何も知らない客も、女の手により死亡。巨大なハサミを手に襲い掛かってくる女を前に、理不尽な恐怖に包まれたサラは陣痛を起こしてしまうが……。


ややあって「屋敷女」をもう一度観に行った(前回のエントリはこちら)。

「画質が向上した」と聞いて、それならばと再度観に行ったのだが結果はほとんど変わってなかった。相変わらず画面は暗く特に後半は何が映ってるのかよく分からない。

とりあえず見えなかった箇所は想像で補いつつ感想だけを書いてみる。


前評判通りとにかくグロくて痛い映像がてんこもり。

しかし他のスプラッター切株映画と比べるとグロさのベクトルがちょっと違う気がする。変な言い方だけど、「モラル」が希薄。スプラッターにモラルを求めてるわけではなくて、制作者の立場としてどうしてもモラルって避けて通れないと思うのだ。分かり易く言うと、若者が惨殺される映画はくさる程あるが、子どもが直接的に惨殺される映画はあまりない。これは「(残酷すぎて)上映できない」という理由が当然ながらあるんだろうけど、仮にそれがなかったとしてもなかなか子どもが死ぬシーンを撮りたがる人はいないんじゃないか?いいか悪いかは別にして自分のモラルがそれを邪魔するから。


で、子どもと同様に「妊婦」(しかも臨月)が犠牲者になる映画ってのもあまり過去に例がない(「誘拐犯」があったけど、ちょっと違うし)。頭の悪そうな若者が殺されると「やったぜ!」みたいな爽快感がある(あるでしょ?)けど、妊婦が襲われるのは少なくとも見ていて気持ちがいいモノではない。なぜ、あえて「妊婦」を犠牲者にしたのか?ここでこの映画がフランス映画であることを考えてみる。


日米と比べるとフランスの「生死」に対するモラル観ってちょっと違うような気がする(少なくともグランギニョールという「下地」はあるし)。フランスじゃないけど、スウェーデン出身のPV、映画監督のジョナス・アカーランドの話。彼はプロディジー「SMACK MY BITCH UP」、スマパン「TRY,TRY,TRY」等「放送禁止」になるほどの過激な映像作品を作ることで有名だが、彼自身は意図的にやっていないと言う。以下、映画秘宝でのインタビューより抜粋。

僕のビデオはアメリカでは放送禁止になることが多いけど、わざと過激に作って世間を挑発しようとしてるわけじゃないよ。プロモ・ビデオは僕の映画じゃなくて、クライアントに依頼されて作ってるんだから、放送禁止になるのはマズいんだよ。僕は正直言って、どこまでやると放送禁止になるのかわからないんだ。というのも僕が育ったスウェーデンでは映像に規制がまったくないからね。テレビで平気で裸や血まみれシーンを放送している。でも犯罪はない。アメリカでは逆に犯罪は多いけど、テレビや映画の規制が激しい。ま、退屈で何も起こらない国だからかえって暴力的なものに憧れているのかもしれない。


「屋敷女」の監督ジュリアン・モーリー&アレクサンドル・ バスティロもジョナス・アカーランドと同じように「世間を挑発しよう」というよりも、ごく自然に「とにかく怖い映画を作ろう」という純粋な気持ちだった気がする。そして我々からみれば「でも、これ以上はやっちゃダメだよね」と自制するようなことを躊躇なくやっちゃう。そこには当然悪意はない。


強いて言えば、モラルを意図的にくつがえす「インモラル(反道徳)」ではなく、「アンモラル(超道徳)」なのだ*1。ヘタに狙って表面だけ過激にした作品よりも、試行錯誤した結果としてモラルを超えて過激になった作品の方が往々にして面白いし。


念のために書くと、自分は別に妊婦や子どもが殺される映画が見たいわけではない。ただ、自分の持つモラルや常識をちょっと逸脱した映画を見たい、という欲求は常にある。そしてそういう映画はヨーロッパとかアジアから何の前触れもなくひょっこり生まれてくる(ような気がする)。


それとは別に「フランスっておかしくね?」と思ったシーン。

産婦人科の待合室に主人公が座っていると、看護婦が隣に座る。やさしい言葉の1つでもかけるのかと思ったら、
「初産は大変よ」
「私なんか12時間かかったのよ」
「でも結局死産だったから意味なかったわ」
なんてことを(禁煙の場所で)タバコ吸いながら言うのだ。ありえねー。


「グロいだけの映画」と言われればそれまでなんだけど、異国情緒(?)漂う(我々からみれば)ちょっと常識はずれなサイコ・スプラッター映画として割り切って見る分には十分面白い。ただし画面が暗いので劇場(ライズX)ではなく、DVDで見ることをオススメ*2


その他
・ベアトリス・ダル姐さんの「気が狂った女」役はハマり過ぎ。
・主人公アリソン・パラディ(ヴァネッサ・パラディ実妹)はこれが長編映画デビューなんだけど、ここまでハードな映画にいきなりでなくてもいいだろうに...と変に心配してしまった。ジョニー・デップ夫人でもある美しい姉に対する歪んだコンプレックスがむき出しになったみたいで怖い。
・オフィシャル・サイトに書いてある「心臓の弱い方、妊娠中の方は鑑賞をご遠慮下さい」は、素直に従った方がいい。
・つか、「あんなコト」するよりも、生んだ後に盗んだ方が良くね?
ライズXにもシネマライズにももう行きたくない。でも「TOKYO!」と「僕らの未来に逆回転」(何だこの邦題)は見たい...。


↓「屋敷女」のUS版「Inside」DVD

Inside (Unrated) (2007)
Starring: Beatrice Dalle, Alysson Paradis Director: Julien Maury, Alexandre Bustillo

*1:この解釈であってるのかあまり自信がないので、違っていたら誰かこっそりつっこんで下さい

*2:既に発売中のUS版DVDでは特に画面が暗いことはないらしい。実際には見てないので断言はできないけど。